大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成3年(あ)769号 判決

本店所在地

大阪府高槻市栄町二丁目一九番八号

サカエ商事株式会社

右代表者代表取締役

安間久江

本籍

大阪市東淀川区淡路四丁目二七六番地

住居

大阪府吹田市南清和園町三番三一号

会社役員

安間俊三

昭和二年四月二三日生

右サカエ商事株式会社に対する法人税法違反、安間俊三に対する法人税法違反、所得税法違反各被告事件について、平成三年五月三〇日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らから上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人大槻龍馬の上告趣意第一点は、憲法三一条、三〇条、八四条違反をいうが、昭和六三年法律第一〇九号による改正前の所得税法九条一項一一号イの規定は、継続して有価証券を売買することによる所得が課税の対象となることを法律で明示した上で、その課税の対象となる所得の範囲を具体的に定めることを政令に委任したものであって、このような法律の定めが憲法の右各条項に違反するものでないことは、当裁判所の判例(最高裁昭和二八年(オ)第六一六号同三〇年三月二三日大法廷判決・民集九巻三号三三六頁、最高裁昭和五五年(行ツ)第一五号同六〇年三月二七日大法廷判決・民集三九巻二号二四七頁、最高裁昭和二七年(あ)第四五三三号同三三年七月九日大法廷判決・刑集一二巻一一号二四〇七頁)の趣旨に徴して明らかであるから、所論は理由がなく(最高裁平成二年(あ)第一六号同三年七月一九日第二小法廷判決・裁判集刑事二五八号三三頁参照)、その余の点は、単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四〇八条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大堀誠一 裁判官 小野幹雄 裁判官 三好達 裁判官 大白勝 裁判官 髙橋久子)

平成三年(あ)第七六九号

○上告趣意書

法人税法違反 被告人 サカエ商事株式会社

同 安間俊三

所得税法違反 被告人 安間俊三

右被告人らに対する頭書被告事件につき、平成三年五月三〇日、大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し上告を申し立てた理由は左記のとおりである。

平成三年九月二〇日

弁護士 大槻龍馬

最高裁裁判所第一小法廷 御中

第一点 原判決は憲法三一条、三〇条、八四条に違反する。

一、原判決は弁護人の

「第一審判決判示第二の一ないし三の所得税法違反の各事犯で被告人安間俊三の主な所得源とされている有価証券の譲渡による所得については、昭和六三年法律第一〇九号による改正前の所得税法九条一項一一号により原則として非課税とされており、ただ同号イは例外的に非課税とされない所得として「継続して有価証券を売買することによる所得として政令で定めるもの」と規定し、これを受けて昭和六三年政令第三六二号による改正前の所得税法施行令二六条一項及び二項が設けられているが、原則非課税の例外として課税要件を定めるに当たっては法律でその範囲を明確にすべきである。しかるに、右改正前の九条一項一号のイは「売買の継続性」という抽象的で不確定な概念を以て課税要件を定めたにすぎず、政令に対する委任の方式が抽象的かつ一般的であって著しく明確性を欠き、結果として、課税と科罰に関する裁量を行政機関の恣意に委ねたものであるから、罪刑法定主義及び租税法律主義に反し、憲法三一条、三〇条、八四条に違反する。また右改正前の所得税法施行令二六条二項は、売買の実情を顧慮することなく、売買の回数及び株数等のみを基準として営利を目的とした継続的行為と認める旨を規定している点で法律の委任の限度を逸脱するものである。それゆえ、右各法令の合憲性を容認した第一審判決は、判示第二の各所為につき法令の適用を誤り、ひいては、課税所得でないものを課税所得と認定した点で事実を誤認したものである。」

との控訴趣意に対し、

「右改正前の所得税法九条一項一一号への規定は「継続して有価証券を売買することによる所得」が課税の対象になることを法律自体で明示したうえ、その課税の対象となる所得の範囲をさらに明確にすることを政令に委任したもので、このような法律の定め自体が憲法三〇条、八四条、三一条(憲法の定める租税法律主義と罪刑法定主義)に違反するとの所論は容れることができない。また、右改正前の所得税法施行令二六条二項は、有価証券の売買を行う者の年間における株式等の売買の回数及び株数等の形式的基準を定め、これに該当する者の有価証券の売買による所得が、継続して有価証券を売買することによる所得として、課税の対象となることを規定しているのであるが、そこで定められた形式的基準の内容を見れば、課税対象となる有価証券の継続的取引による所得の範囲をより明らかにしたものであることが明らかで、法律による右委任の範囲を逸脱していないものと認めることができる。これらの点はすでに最高裁判所の判例(昭和五九年三月一六日第三小法廷判決)により確認されているところでもある。このように、第一審判決には所論のごとき法令適用の誤りや事実誤認の非違はなく、論旨は理由がない。」

と判示して前記控訴趣意を排斥した。

二、しかしながら右の原判示は、憲法三一条、三〇条、八四条に違反するので、以下その理由を詳述する。

右の原判決の判断は、第一審判決の判断と同じく昭和五九年三月一六日最高裁第三小法廷判決(昭和五五年(あ)第一四九一号)の判示の結論だけをそのまま引用したものであって、右最高裁判決の結論は、その前提を誤ったものであって変更さるべきものであるとの弁護人の主張に対する具体的な判断を回避したものである。

そこで右弁護人の主張を改めて詳述し、原判示の誤りを指摘する。

1.憲法三一条と罪刑法定主義

明治憲法は、「日本臣民ハ法律ニ依ルニ非スシテ逮捕監禁審問処罰ヲ受クルコトナシ」と規定していた(二三条)。いわゆる罪刑法定主義の規定である。

日本国憲法三一条は、「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又その他の刑罰を科せられない」と規定し、明治憲法二三条と同じように刑罰を定めるには法律によるべきだという意味の罪刑法定主義を定めたものかどうかは、やや明確を欠くが、その英米法的起源からみて、積極に解されるし(宮沢俊義・法律学全集・憲法Ⅱ・三九九頁)、さらに、当然の前提として内容たる犯罪及び刑罰について法律によるべきことを要請するものと解しなければならず、ここに「法律」とは国会で法律の形式で制定された狭義の法律を意味するのであり、犯罪を法律で規定しなければならないということは、犯罪の成立要件を法律で明確に規定しなければならないことを意味し、ことに犯罪の特別構成要件は、できるだけ明確に規定されること要するとされている(團藤重光・注釈刑法(1)六頁以下)。

2.憲法三〇条・八四条と租税法律主義

つぎに日本国憲法三〇条は「国民は法律の定めるところにより納税の義務を負う」と定め、八四条は「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには法律又は法律の定める条件によることを必要とする」と定め、いわゆる租税法律主義を明示している。

即ちあらたに租税を起し、又は既定の租税の税率を変更するには形式上の意義における法律によらなければならないとするものであって、この原則の源は遠くマグナカルタに遡り刑法における罰刑法定主義の原則と共に双生児出誕を見たとされるものである。

この原則は「国家は法律の定める限度を超えて租税を賦課徴収することができない」ということと、「国民は法律に定める限度を超えて国家の恣意的な課税をうけることがない」という二つのことを意味しており、租税の賦課徴収をもって法律事項とすることにより行政の賦課徴収の恣意的発動を封じ、国民の財産権への恣意的侵害を阻止しようとすることが強調されているのである。

そしてこの場合の「法律」も国会で法律の形式で制定された狭義の法律を意味するものである。

憲法八四条にいう「法律に定める条件による」の意味は必ずしも明確ではないが、租税に関し、課税物件・課税標準・税率・納税義務者等の全部にわたって、つねに法律で定めなければならないというのではなく、ことの性質上、例外的には多かれ少なかれ他の法形式への委任が許されるから、そういう形式へある範囲で委任された場合を予測して、特に「法律に定める条件による」としたかもしれない。

しかし、ここに「法律に定める条件による」とあることを根拠として、無制限な委任ができると解すべきでない。「国会中心主義をとる憲法の精神に照らしていえば、国会の立法権を侵すような広範な一般的委任は許されないと解すべきである。委任命令で規定しうべき事項は、法律の補充的規定、法律の具体的特例規定及び法律の解釈的規定に止まるべきもので、法律そのものを形式的に変更し廃止する規定のごときを設けることはできない。」とされている(田中二郎著新版行政法上巻全訂第二版一六一頁)。

3.改正前の所得税法九条一項における委任の違憲

而して、昭和六三年法律第一〇九号「所得税法等の一部を改正する法律」施行以前の所得税法九条一項は、「次に掲げる所得については、所得税を課さない。」と非課税の原則を示したうえ、第一号ないし第二二号までいわゆる非課税所得を制限列挙しており、第一一号において「有価証券の譲渡による所得のうち、次に掲げる所得以外のもの」としてイないしニを列挙しているが、そのうちイは「継続して有価証券を売買することによる所得として政令で定めるもの」と規定している。

右の規定の文言によっても改正前の所得税法は有価証券の譲渡益については非課税を原則としていたものと理解され、さらに右改正について、大蔵省が「株式等の譲渡益については、非課税を原則とする制度を改め、原則課税とすることとした。」と説明を加えていることによっても明らかである(昭和六三年一二月三〇日付官報、号外特二〇号、五頁下段)。

有価証券の譲渡による所得は、原則として非課税であるから、これについては原則として所得税の逋脱はあり得ない。即ち可罰の対象となるものではない。そして例外的に課税の対象となったとき、はじめて所得税の逋脱があり得ることになり可罰の対象となるわけである。

しかも、改正前の所得税法九条は、もっぱら、抽象的で不確定概念ともいうべき「売買の継続性」を課税要件と定めるのみで、取引の当事者からすれば、どのような要素があれば、継続的売買と認定されるのか、まったく予測できないから、取引の予測可能性を担保する租税法律主義に著しく反する。そのうえ、改正前の所得税法施行令二六条で定めた課税要件は、これを法律で課税要件化することを阻止するだけの合理的理由は存しない。

一般に罰則を伴う立法においては、法律は、可罰対象となる犯罪構成要件を規定し、その例外(いわゆる除外事由)を政令の定めるところに委ねるのが通例であり、また所得課税に関する税法関係の立法においても課税標準(所得)を構成する益金となるべきものの上限と、損金となるべきものの下限を法律をもって定め、その枠内における運用を政令に委ねるのが通例であって、このことは立法機関が国民の権利尊重の枠を決め、行政機関においてその枠内における適切な緩和運用によって一方では国民の権利を尊重し、他方では行政の妙味を発揮するところに委任の本質が存在する。

従って前記のように原則として非課税・不可罰の対象であるものについて「継続して有価証券を売買する所得として政令で定めるもの」というだけで、課税標準が具体的に算出できないような表現による委任の方式は抽象的・一般的であってその内容は著しく明確性を欠き、国民の権利にとって極めて重要な可罰と不可罰(自由権)、課税と非課税(財産権)の境界の線引きを政令に委ねるものであり、その実質は科罰と課税に関する裁量を行政機関の恣意に委ねるものであって、このような委任の方式は、その所得が課税の対象となることを明示したものとは言えず、立法機関の怠慢により国民の権利尊重をないがしろにするもので明らかに罪刑法的主義並びに租税法律主義に反し、憲法三一条・三〇条・八四条に違反するものといわなければならない(別添資料一、北野弘久教授の鑑定所見書第一項及び別添資料二、村井正教授の鑑定意見書参照)。

4.税制改革に伴う違憲の是正

前述のとおり、昭和六三年法律第一〇九号所得税法等の一部を改正する法律により、旧所得税法第九条一項中第十一号が削られて、株式等の譲渡益については、非課税を原則とする制度を改め、課税を原則とすることになった。

そして、政令第三六二号所得税法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係政令の整備等に関する政令により、旧所得税法施行令第二六条も同時に削られ廃止された。

右の改正に伴って前記法律第一〇九号において、租税特別措置法第三十七条の十を改めて「株式等に係る譲渡所得等の課税の特例」を規定し、さらに第三十七条の十一「上場株式等に係る譲渡所得の源泉分離選択課税」の規定を新設し、法律自体において株式等の譲渡所得に関する課税標準が具体的に算出し得る基本となる条件を明確化したので、従前のような政令に対する曖昧な委任は姿を消した。

因みに第三十七条の十及び第三七条の十一が、課税標準が具体的に算出できる基本となる条件を明確化している部分を挙げると次のとおりである。

○ 第三十七条の十

居住者又は国内に恒久的施設を有する非居住者が、昭和六十四年四月一日以後に株式等の譲渡(証券取引法(昭和二十三年法律第二十五号)第二条第一三項に規定する有価証券先物取引の方法により行うものを除く。以下この項及び事項並びに次条において同じ。)をした場合には、当該株式等の譲渡による事業所得、譲渡所得及び雑所得(第三十二条第二項の規定に該当する譲渡所得を除く。第四項及び次条において「株式等に係る譲渡所得等」という。)については、所得税法第二十二条及び第八十九条並びに第百六十五条の規定にかかわらず、他の所得と区分し、その年中の当該株式等の譲渡に係る事業所得の金額、譲渡所得の金額及び雑所得の金額として政令で定めるところにより計算した金額(以下この条において「株式等に係る譲渡所得等の金額」という。)に対し、株式等に係る譲渡所得等の金額(第六項第五号の規定により読み替えられた同法第七十二条から第八十七条までの規定の適用がある場合には、その適用後の金額。以下この条において「株式等に係る課税譲渡所得等の金額」という。)の百分の二十に相当する金額に相当する所得税を課する。この場合において、株式等に係る譲渡所得等の金額の計算上生じた損失の金額があるときは、同法その他所得税に関する法令の規定の適用については、当該損失の金額は生じなかったものとみなす。

2 前項前段の場合において、株式等の譲渡が証券取引法第二条第十一項に規定する証券取引所に上場されている株式その他これに類するものとして政令で定める株式(当該証券取引所に上場された日その他の政令で定める日(以下この項及び次条第一項において「上場等の日」という。)においてこれらの株式をその取得をした日の翌日から引続き所有していた期間として政令で定める期間が三年を超えるものに限る。)の譲渡(上場等の日以後一年以内に行われる譲渡で証券業者(同法第二条第九項に規定るす証券会社及び外国証券業者に関する法律(昭和四十六年法律第五号)第二条第二号に規定する外国証券会社をいう。次条において同じ。)への売委託に基づくもの又は当該証券業者に対するものに限る。)であるときは、当該譲渡による株式等に係る譲渡所得等の金額は、当該株式等に係る課税所得等の金額の二分の一に相当する金額とする。

○ 第三十七条の十一

居住者又は国内に恒久的施設を有する非居住者が、昭和六十四年四月一日以後に証券業者又は銀行の営業所(以下この条にのおいて「証券業者等の営業所」という。)において、当該証券業者若しくは銀行への売委託により前条第三項に規定する株式等(証券取引法第二条第十一項に規定する証券取引所に上場されているものその他これに類するものとして政令で定めるものに限る。)の譲渡(上場等の日以前に取得した当該株式等のうち政令で定めるもの以外のものの譲渡にあっては、上場等の日以後一年以内に行われるものを除く。以下この項において同じ。)をする場合又は当該証券業者に当該株式等の譲渡をする場合において、当該株式等のこれらの譲渡による株式等に係る譲渡所得等につきこの項の規定の適用を受けようとする旨その他大蔵省令で定める事項を記載した申告書を当該証券業者等の営業所を経由して納税地の所轄税務署長に提出したときは、その提出の時以後に当該証券業者の営業所において行う当該証券業者又は銀行への売委託に基づく当該株式等の譲渡及び当該証券業者に対する当該株式等の譲渡(以下この条において「上場株式当該株式等の譲渡」という。)による株式等に係る譲渡所得等については、所得税法第二十二条及び第八十九条並びに第百六十五条並びに前条の規定にかかわらず、他の所得と区分し、その上場株式等の譲渡による譲渡利益金額に対し百分の二十の税率を適用して所得税を課する。

2 前項の規定の適用を受ける上場株式等の譲渡の対価の支払をする証券業者又は銀行は、当該上場株式等の譲渡の対価の支払をする際、当該上場株式等の譲渡による譲渡利益額に百分の二十の税率を乗じて計算した金額の所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月十日までに、これを国に納付しなければならない。

3 前項の規定により徴収して納付すべき所得税は、所得税法第二条第一項第四十五号に規定する源泉徴収に係る所得税とみなして、同法、国税、通則法及び国税徴収法の規定を適用する。

4 第一項及び第二項に規定する譲渡利益額は、上場株式等の譲渡の次の各号に掲げる区分に応じ当該各号に定める金額とする。

一 証券取引法第四十九条第一項の規定による信用取引その他の大蔵省令で定める取引による上場株式等の譲渡又はこれらの取引の決済のために行う上場株式等の譲渡(当該上場株式等の譲渡に係る株式等と同一銘柄の株式等の買付けにより取引の決済を行う場合又は当該上場株式等の譲渡に係る株式等と同一銘柄の株式等を買付けた取引の決済のために行う場合に限る。)これらの決済に係る差益に相当する金額として政令で定める金額

二 転換社債又は新株引受権付社債の譲渡 当該譲渡の対価の額の百分の二・五に相当する金額

三 前二号に掲げる譲渡以外の上場株式等の譲渡 当該上場株式等の譲渡の対価の額の百分の五に相当する金額

右の改正によって有価証券の譲渡所得に関する所得税法上の二つの違憲問題が同時に解決されたものといえよう。

5.最高裁判決(昭和五五年(あ)第一四九一号)について、

(一) 昭和五九年三月一六日最高裁第三小法廷判決(昭和五五年(あ)第一四九一号最高裁判所裁判集刑事第二三六号一七九頁)は、所得税法九条一項一一号イ、所得税法施行令二六条一、二項の規定は、「継続して有価証券を売買することによる所得が課税の対象となることを法律自体において明示したうえで、その課税の対象となる所得の範囲をさらに明確にすることを政令に委任したものであって、このような定めが憲法上許されることは、当裁判所大法廷の判例(昭和二八年(オ)第六一六号同三〇年三月二三日判決・民集九巻三号三三六頁、昭和二七年(あ)第四五三三号同三三年七月九日判決・刑集一二巻一一号二四〇七頁)の趣旨に徴し明らかである」と判示している。

そこで、右に引用されている昭和二八年(オ)第六一六号事件について考察すると、同事件は、地方税法第三四三条および第三五九条は憲法第一一条・第一二条・第一四条・第二九条・第三〇条・第六五条に違反しないとするものであり、また昭和二七年(あ)第四五三三号事件は、一、酒税法第五四条により帳簿記載事項の詳細を定める権限を行政機関に賦与しても、憲法第七三条第六号に反しない、二、酒税法施行規則第一六一条第九号の規定は、酒税法第五四条の委任の趣旨に反しないとするものであって、これらの判例の事案は、何ら具体的な課税標準を示さないで継続して有価証券を売買することによる所得が課税の対象となることを法律自体において明示したうえで、その課税の対象となる所得の範囲を明確にすることを政令に委任した事案とは、全くその内容を異にするものであって、引用判例としての適切性を欠き正当な論拠となるものではない。

〈1〉 地方税第三四三條

固定資産税は、固定資産の所有者(質権又は百年より永い存続期間の定のある地上権の目的である土地については、その質権者又は地上権者とする。以下固定資産税について同様とする)に課する。

前項の所有者とは、土地又は家屋については、土地台帳若しくは土地補充課税台帳又は家屋台帳若しくは家屋補充課税台帳に所有者として登録されている者をいう。この場合において、所有者として登録されている個人が賦課期日前に死亡しているとき、若しくは所有者として登録されている法人が同日前に消滅しているとき、又は所有者として登録されている第三四八条第一項の者が同日前に所有者でなくなっているときは、同日において当該土地又は家屋を現に所有している者をいうものとする。

第一項の所有者とは、償却資産については、償却資産課税台帳に所有者として登録されている者をいう。

市町村は、固定資産の所有者の所在が震災、風水害、火災その他の事由によって不明である場合においては、その使用者を所有者とみなして、これを固定資産課税台帳に登録し、その者に固定資産税を課することができる。

農地法第九条の規定によって国が買収した農地(農地法施行令(昭和二七年法律第二三〇号)第五条第一項の規定によって農地法第九条の規定により国が買収したものとみなされる農地を含む。)又は旧相続税法(昭和二二年法律第八七号)第五二条、相続税法(昭和二五年法律第七三号)第四一条、所得税法の一部を改正する法律(昭和二六年法律第六三号)による改正前の所得税法第五七条の四、戦時補償特別措置法(昭和二十一年法律第三十八号)第二十三条若しくは財産税法(昭和二十一年法律第五十二号)第五十六条の規定によって国が収納した農地については、買収し、又は収納した日から国が当該農地を他人に売り渡し、その所有権が売渡の相手方に移転する日までの間はその使用者をもって、その日後当該売渡の相手方が土地台帳に所有者として登録されるまでの間はその売渡の相手方をもって、それぞれ第一項の所有者とみなす。

土地区画整理法による土地区画整理事業又は土地改良法による土地改良事業の施行に係る土地については、法令又は規約等の定めるところによって仮換地、一時利用地その他の仮に使用し、又は収益することができる土地(以下本項及び第三百八十一条第八項において「仮換地等」と称する。)の指定があった場合においては、当該仮換地等について使用し、又は収益することができることとなった日から換地処分の公告がある日又は換地計画の認可の公告がある日までの間は、当該仮換地等に対応する従前の土地について土地台帳又は土地補充課税台帳に所有者として登録されている者をもって当該仮換地等に係る第一項の所有者とみなし、換地処分の公告があった日又は換地計画の認可の公告があった日から換地を取得した者が土地台帳に該当換地に係る所有者として登録される日までの間は、当該換地を取得した者をもって当該換地に係る第一項の所有者とみなすことができる。

〈2〉 地方税第三五九條

固定資産税の賦課期日は、当該年度の初日の属する年の一月一日とする。

〈3〉 酒税法第五四条

酒類・酒母・醪若は麹の製造業者又は酒類若は麹の販売業者は命令の定むる所により製造又は販売に関する事実を帳簿に記載すべし

〈4〉 酒税法施行規則第一六一条第九号

「酒類、酒母、醪又は麹の製造者は左の事項を帳簿に記載すべし、九、前各号の外製造、又は販売に関し税務署長の指定する事項

(二) さらに論及すれば、地方税法第三四三条は固定資産税の納税義務者たる所有者について、第一項ないし第六項に亘って詳細な規定を設け、第六項において法令又は規約等の定めるところによって「仮換地等」の指定があった場合における所有者について規定するものであり、同法第三五九条は固定資産税の賦課期日を具体的に定めたものであって、課税の対象となる所得の範囲をさらに明確にすることを政令に委任したものではない。

また、酒税法第五四条は帳簿記載事項の詳細を定める権限を行政機関に賦与し、酒税法施行規則第一六一条第九号は右委任を受けた枠内において規定を設けた勅令(政令)に過ぎず、これ亦課税の対象となる所得の範囲をさらに明確にすることを政令に委任したものではない。

従って右の二つの判例は法律が政令に委任するという立法形式の点においてはとも角として、争点となっている委任の内容とは、趣旨を全く異にするもので適切な引用とはいえない。

6.最高裁判決(平成二年(あ)第一六号)について

(一) 平成三年七月一九日最高裁第二小法廷判決(平成二年(あ)第一六号)は「昭和六三年法律第一〇九号による改正前の所得税法九条一項一一号イの規定は、継続して有価証券を売買することによる所得が課税の対象となることを法律自体において明示した上で、その課税の対象となる所得の範囲を具体的に定めることを政令に委任したものであって、このような法律の定めが右憲法の各条項に違反するものでないことは、当裁判所の判例(昭和二八年(オ)第六一六号同三〇年三月二三日大法廷判決・民集九巻三号三三六頁、昭和五五年(行ツ)第一五号同六〇年三月二七日大法廷判決・民集三九巻二号二四七頁、昭和二七年(あ)第四五三三号同三三年七月九日大法廷判決・刑集一二巻一一号二四〇七頁の趣旨に徴して明らかである」(最高裁昭和五五年あ(第)一四九一号同五九年三月一六日第三小法廷判決・裁判集刑事二三六号一七九頁参照)と判示している。(別添資料三、平成三年七月一九日最高裁第二小法廷判決)

(二) 右判決は、前記昭和五九年三月一六日最高裁第三小法廷判決に、昭和五五年(行ツ)第一五号同六〇年三月二七日大法廷判決を引用判例に加えた以外は、全く同一の摘示をしている。

而して、右昭和五五年(行ツ)第一五号同六〇年三月二七日大法廷判決の判決趣旨は

一、租税法の分野における所得の性質の違い等を理由とする取扱いの区別は、その立法目的が正当なものであり、かつ、当該立法において具体的に採用された区別の態様が右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、憲法一四条一項に違反するものということはできない。

二、給与所得の金額の計算につき必要経費の実額控除を認めない所得税法(昭和四〇年法律第三三号による改正前のもの)九条一項五号は、憲法一四条一項に違反しない。

というものであって、いずれも継続して有価証券を売買することによる所得が課税の対象となることを法律自体において明示した上で、その課税の対象となる所得の範囲を具体的に定めることを政令に委任したという内容のものではないことが明らかである。

昭和二八年(オ)第六一六号同三〇年三月二三日大法廷判決・昭和五五年(行ツ)第一五号同六〇年三月二七日大法廷判決・昭和二七年(あ)第四五三三号同三〇年七月九日大法廷の判決の各摘示のうち、どの部分の趣旨が「継続して有価証券を売買することによる所得が課税の対象となることを法律自体において明示した上で、その課税の対象となる所得の範囲を具体的に定めることを委任したもの」にあたるというのかわからない。

弁護人はもとより、法律が細部にわたる事項について政令で定めることを委任するいわゆる委任立法が違憲であると言って非難するものではない。

これらの判例は、単に政令への委任が違憲ではないというだけであって、「継続して有価証券を売買することによる所得が、課税の対象となることを法律自体において明示した上で、その課税の対象となる所得の範囲を具体的に政令に委任した」という点において、そのものズバリのものでないばかりか、その趣旨にそった判断を示したものでもないのに同趣旨の判例として列挙しているのはこじつけの誤ったものであって、前に述べたように適切な引用とはいえない。

また、最高裁昭和五五年(あ)第一四九一号を含めたこれらの判決には、憲法三一条違反の主張に対する判断は全く示されていないのに「右憲法(三一条・三〇条・八四条)の各条項に違反するものではないことは、これらの判例の趣旨に徴して明らかである」とする最高裁第二小法廷平成三年七月一九日判決には理由の齟齬と判断の遺脱がある。

7.各判決批判

(一) そうだとすると、問題の争点は、昭和六三年法律第一〇九号による改正前の所得税法九条一項一一号イの規定、すなわち「継続して有価証券を売買することによる所得として政令で定めるもの」という規定は課税の対象となる所得を明示したといえるかどうかである。

課税の対象となる所得を法律自体において明示しなければならないことは、前記昭和五九年三月一六日第三小法廷判決も平成三年七月十九日第二小法廷判決も否定しないところである。

ところが、「継続して有価証券を売買することによる」というような表現ではそれ自体からは、課税の対象となる所得の範囲は全く不明である。有価証券を売買することによる所得は非課税を原則としている。この例外として課税対象を画定するためには、その区分を具体的に法律に示さなければ課税の対象となる所得を明示したことにならない。

「継続した有価証券を売買することによる所得」なる概念は、「継続しない有価証券を売買することによる所得」なる概念との関係において一見、中間概念の存在を認めない即ち拝注的な矛盾概念に属し、截然とした区分があるように思われるが、これは概念の詰めの甘さに基づく錯覚であって、その実体は大と小のごとく反対概念に属するもので、両者を截然とした区別ができないものといわなければならない。

即ち、継続した売買と継続しない売買とは、文章の表現の上では区別ができても、客観的事実の上ではそれだけでは全く区別のできない極めて曖昧な表現である。従って前記判例で「昭和六三年法律第一〇九号による改正前の「所得税法九条一項一一号イの規定は、継続して有価証券を売買することによる所得が課税の対象となることを法律自体において明示した」というのは、概念把握の錯覚に基づくものといわざるを得ない。

(二) 昭和六三年法律第一〇九号による改正前の所得税法九条一項一一号イの規定が、右のような曖昧な委任をしたから、その委任を受けた改正前の所得税法施行令二六条は、

1.法第九条第一項第一一号イ(非課税所得)に規定する政令で定める所得は、有価証券の売買を行う者の最近における有価証券の売買の回数、数量又は金額、その売買についての取引の種類及び資金の調達方法、その売買のための施設その他の状況に照らし、営利を目的とした継続的行為と認められる取引から生じた所得とする。

2.前項の場合において、同項に規定する者その年中における株式又は出資の売買が次の各号に掲げる要件に該当するときは、その他の同項に規定する取引に関する状況がどうであるかを問わず、その者の有価証券の売買による所得は、同項の規定に該当する所得とする。

一 その売買の回数が五〇回以上であること。

二 その売買をした株数又は口数の合計が二〇万円以上であること。

なる規定を設けているが、それによってはじめて本来非課税である有価証券の売買による所得のうち、課税の対象となる所得が明示されるに至ったもので、明示したものは法律でなくて政令なるものである。このような規定は本来法律自体に設けられなければならないものであり、そうでなければ罪刑法定主義・租税法律主義に関する憲法の各条項に違反することは明らかである。

即ち右規定によれば、株式の例でいえば、その年中の取引において、売買の回数五〇回以上でかつ売買をした株数二〇万株以上の要件を具備するものは課税対象となり、売買の回数が四九回であれば一〇〇万株、二〇〇万株の売買としても課税対象とならないことになるから、前者の場合その課税を免れたときは、所得税の逋脱罪が成立するのに反し、後者の場合は何十倍・何百倍に及ぶ大口取引であっても課税対象とならないのであるから、所得税の逋脱罪が成立する余地がないのである。

いわば課税要件のみならず犯罪の構成要件をも法律に明示しないで、政令に任せ切りにしているのである。

このような国民に対する法定手続の保障や国民の財産に関する権利に直接重大な影響を与える事項は、法律によって定められるべきことはまさに憲法の要求するところであるといわなければならず、行政機関に委ねられるべきものではない。

前記所得税法施行令二六条二項は、さらに本件以後において三〇回以上、一二万株以上と改正されているが、犯罪構成要件ともいうべき要件を立法機関を経由しないで行政機関だけで手直しされたものであり、憲法無視も甚だしいものといわねばならない。

このことは、所得税法が法自体において課税の対象となる所得を明示しなかったことが、このような行政機関の横暴を誘い出す結果となったことを物語るものである。

(三) むすび

有価証券を売買することによる所得に対する課税が、改正前の所得税法施行令二六条一、二項に従って行なわれることについて、これが租税法律主義に反することになるのではないかとか、有価証券取引税との関係で二重課税になるのではないかなどという議論が永年にわたり学者、実務家の間で行なわれて来た。

仰々有価証券の取引は、証券取引市場を通じた需要と供給によって公正に形成された株価による仕組みであるから、売却株数、売却価額と買取数量、買取価額とは常に一致しており、一般に有価証券取引では、売買によって利益を得るものと、損害を受けるものとは一応同じであると考えられる。

従って国家全体としては、売買によって利益を得た者に所得税を課すならば、損害を受けた者に対しては所得税を還付しなければならないことになる。

インサイダー取引や株価操作による取引は別として有価証券の取引で儲け続けたという話はあまり聞かない。

むしろ、損をして自殺したり夜逃げしたという話は古くから聞き及んでいるところである。

昭和六三年法律第一〇九号による改正前の所得税法九条一項一一号と同年政令第三六二号による改正前の所得税法施行令二六条一項及び二項が設けられてから数十年の間に、右規定によって課税処分を受けた納税者の数は僅少であり、まして刑事処分に付されたのは殖産住宅事件・誠備事件等株価操作やインサイダー取引など極めて大口で特異な取引事案であった。

このようなことは、課税当局が有価証券取引の実体と前記規定の欠陥・有価証券取引税の存在などをふまえた良識のもとに行政を運用して来たあらわれと考えられる。

ところが、昭和六一年頃よりバブル経済の萌しが発生し、株価と地価の暴騰となって現れ、巨額の所得をあげる者が続出した。

そして課税当局は永い間殆ど休眠していた前記法条をもって昭和六二年から有価証券の取引による所得に関し、課税のみならず告発をもって対応することにしたようである。

因みに告発件数は、昭和五九年四月一日から同六〇年三月三一日までは〇件、同年四月一日から昭和六一年三月三一日までは一件、同年四月一日から同六二年三月三一日までは三件、同年四月一から同六三年三月三一日までは二三件である。(別添資料四、国税庁調査査察部長の回答)

本来この段階をもって、過去において前記法条の発動に極めて慎重・消極的であった歴史的経過と理由を深く考察し、前記法条を違憲の謗(そし)りを受けないように手直しするか、良識に従って運用することが国民の人権を護るうえで必要であり、立法機関を尊敬し、かつ国民に対して親切な行為であったといえる。

国税当局がその出身者である相沢英之代議士の有価証券の取引による約二億円の脱漏所得について、本税加算税の課税処分のみで片づけ、告発をしなかったことは良識に従った運用といえよう。

しかし、前記法条の手直しをしないまま、一般庶民の同程度の所得脱漏事案について、課税のほか次から次へと告発しているのは理解に苦しむところである。

このような人権対策についての怠慢が続いているうちに、バブル現象は益々猛威を加え、稲村元環境庁長官、竹井地産会長のごとき超大型の有価証券の売買による所得が発見されて告発にまで発展し、今や全国的にも多数の告発事件が刑事裁判に係属することになった。

従って前記改正前の所得税法九条九条一項一一号イの規定が罪刑法定主義・租税法律主義に反し、違憲であるという司法判断が下されると著しい混乱を招くことは必至である。

しかし右のような事態に陥った根源は、税務官庁と国会の怠慢による国民の権利軽視に端を発するものであるから、多少の混乱が生じても、国会・行政機関に対する将来の教訓となるという考えのもとに、司法機関において、純粋公正に法律と良心に従い勇気をもって正常な判断を示すことが肝要であると思料する。

弱肉強食は人間社会の原理であるということだけで片づけるならば口を挿む余地はないが、特権を持たない弱い国民大衆は、ひたすら普遍的原理である正しい法の解釈と良心を期待しているのであり、これによって救われなければならないものと考える。

以上述べたところにより、原判決が憲法三一条・三〇条・八四条に違反することが明らかであるから、御勇断をもって破棄されたい。

第二点 原判決には、判決に影響を及ぼすべき法令違反ないし重大な事実誤認があり、破棄しなければ著しく正義に反する。

一、原判決は、弁護人の

第一審判決判示第二の二及び三の所得税法違反の各事実について、

「被告人安間俊三と証券会社との間における有価証券の信用取引に関する各年末の未決済(済の誤記と思われる)取引に係る債務(委託手数料、支払利息等)と債権(取引利息)の差額は、その年中における必要経費として計上されるべきものであるから、原判示第二の二の事実については三三三万七八六八円、原判示第二の三の事実については四五二万三六七七円が必要経費として追加計上されるべきである。第一審判決が所得税法三五条二項、三七条一項、改正前の所得税法施行令一一九条の各規定を無視し、これらより劣位にある平成元年一二月六日所得税基本通達の一部改正による廃止前の所得税基本通達(9-21及び9-23)に依拠して右主張を排斥しているのは法令の解釈を誤り、ひいては、所得額の算定につき事実を誤認したものである。」

との控訴趣意に対し、

「信用取引の方法による株式の売買から生ずる所得は、当該信用取引の決済の日の属する年分の所得とする。」との右廃止前の所得税基本通達九-二三は、昭和六三年法律第一〇九号所得税法等の一部を改正する法律の施行前において、雑所得の金額に関する所得税法三五条二項二号を信用取引の方法による株式の売買から生じる所得について正当に解釈適用したものと言うことができる。そうである以上、費用収益対応の原則を定めた所得税法三七条一項(なお、昭和六三年政令第二四二号による改正前の所得税法施行令一一九条)の趣旨からしても、所論のような各年末における未決済の信用取引に関する債務(債権との差額)をその年中における必要経費として計上することのできないことはむしろ当然のことである。これと同旨の第一審判決の判断に所論のごとき法令解釈の誤りや事実誤認のかどはない。論旨は理由がない。」

と判示して前記控訴趣意を排斥した。

二、しかしながら、右の原判示には判決に影響を及ぼすべき法令違反ないし重大な事実誤認があり、破棄しなければ著しく正義に反する。

以下その理由を述べる。

1.まず原判決は、前記のように弁護人の控訴趣意第二点の結論だけをとらえ、その結論に至る理由を十分に理解しないで、安易に控訴趣意を排斥したものといえる。

原審における審理は、平成三年一月二四日と、第一回公判が開かれ、弁護人の控訴趣意書陳述・検察官の答弁書陳述のあと、弁護人の北野弘久の取調請求が却下され、三月一九日第二回公判において、被告人安間俊三の本人質問だけで事実調が終り、判決宣告期日の指定される運びとなったが、弁護人は、主として検察官の答弁書に対する反論をするため弁論要旨を作成陳述したいので弁論期日の指定を願い出たところ、原審裁判所はこの申出を歓迎しない素振りであったが、渋々五月七日午後四時を指定するから短時間で終えるようにとの条件で許可された。

而して弁護人は五月七日、午後四時、原審第二回公判において、作成した弁論要旨を提出しその骨子のみを約一〇分間に亘って陳述した。

2.しかしながら原判示には、控訴趣意を補充し、これを理解して頂くための右弁論要旨について配慮された形跡がうかがわれない。

そこで、重複で恐縮であるが、以下原審における弁護人の弁論要旨を掲げることにより、原判示の誤りを指摘することとする。

(一) まず、所得税法三五条二項は、「雑所得の金額は、その年中の雑所得に係る総収入金額から、必要経費を控除した金額とする。」と定め、所得の確定につき一月一日から一二月三一日までの期間計算の原則を規定している。

次いで同法三七条一項は、「雑所得の金額の計算上必要経費に算入すべき金額は、別段の定めあるものを除き、これらの所得の総収入金額に係る売上原価その他当該収入金額を得るために直接要した費用の額及びその販売費一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用(償却費以外の費用でその年において確定しないものを除く。)の額とする。」と規定している。

(二) ところで、右規定から検察官答弁書のような「未決済取引についての必要経費は、その取引が決済された日の属する年分の必要経費として計上すべきもの」という解釈は出て来ない。

検察官は右法条のうち、(償却費以外の費用でその年において確定しないものを除く)という文言に目をつむって勝手な解釈をしているのである。

弁護人が控訴趣意で指摘している委託手数料・管理料・名義書換料・有価証券取引税・支払利息は、いずれも収入金額を得るために直接要した費用の額及びその販売費・一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用であることに相違はなく、それらが償却費以外の費用でその年において確定しているものであることも間違いない。

(三) また、検察官答弁書は、改正前の所得税法施行令一一九条は、「居住者が証券取引法第四九条第一項(信用取引等における保証金の預託)の規定による信用取引又は発行日取引の方法による株式の売買を行ない、かつ、これらの取引による株式の売付けと買付けとにより当該取引の決済を行なった場合には、当該売付けに係る株式の取得に要した経費としてその者のその年分の事業所得の金額又は雑所得の金額の計算上必要経費に算入する金額は、第一〇五条から前条までの規定にかかわらず、これらの取引において当該買付けに係る株式を取得するために要した金額とする。」と規定しており、決済された取引のみで費用収益を対応させていることが明らかであるという。

右規定は、信用取引等による株式の取得価額をきめる方法を定めているものであって、必要経費の範囲を定めているものではなく、検察官がどの文言をもって明らかに費用と収益を対応させているというのか理解できない。

継続的取引によって発生する雑所得については、前記所得税法三七条一項が括弧内で明示しているように債務確定主義によるのが、税法上の大原則であって、取引が決済された日の属する必要経費として計上するというのは、右法条に反する解釈である。

(四) 第一審判決は、前記所得税法三七条一項の括弧内の規定に触れることを避け、所得税基本通達9-21及び9-23を援用して弁護人の主張を排斥している。

そこで、右基本通達と所得税法三七条一項の規定との関係について考察する。

まず、所得税法基本通達9-21は、

「信用取引の方法により株式の買付け又は売付けを行なった者が、当該信用取引に関し、証券会社に支払うべき、又は証券会社から支払を受けるべき金利又は品貸料に相当する金額は、それぞれ次によるものとする。

(1) 買付けを行った者が、証券会社に支払うべき金利は当該買付けに係る株式の取得価額に算入し、証券会社から支払を受けるべき品貸料は当該買付けに係る株式の取得価額から控除する。

(2) 売付を行った者が、証券会社から支払を受けるべき金利は当該売付けに係る株式の譲渡による収入金額に算入し、証券会社に支払うべき品貸料は当該売付けに係る株式の譲渡による収入金額から控除する」

というのであって、信用取引におけるいわゆる支払利息もしくは受取利息については、日割計算が可能で、年末における金額は確定できるが、右通達は株式の取得価額もしくは収入金額との間において加減する旨を規定しているので、原判示のいうように取引の決済時に精算されることになろう。

しかし、右通達にいう金利等とは、証券会社に支払うべき金利又は品貸料に相当する金額及び証券会社から支払を受けるべき金利又は品貸料に相当する金額に限定されているのであって、委託手数料・管理料・名義書換料・有価証券取引税は右通達にいう金利等に含まれていないことは明らかである。

なお、右の金利等についても、日割計算が可能で年末における金額が確定できるので、所得税法三七条の規定に反する定めが通達によってなされたものであるから右通達は無効というべきである。

また、所得税基本通達9-23は、

「信用取引の方法による株式の売買から生ずる所得は、当該信用取引の決済の日の属する年分の所得とする。」

というのであって、右通達の趣旨は信用取引にかかる所得計算においては、年度末において、建玉中で未決済のものについては、大納会における終値による評価によりその年分の所得を計算するのではなく、決済の日の属する年分の所得とすることを定めたに過ぎないものであって、所得税法三七条一項の括弧内の必要経費に関する債務確定主義に関する規定を排斥するものではなく、また排斥できるものでもない。

3.原判決は、所得税法三七条一項は費用収益対応の原則を定めたというが、右条項の見出しは「必要経費」であって、費用収益対応の原則を定めたものということはできない。

そして所得税法基本通達9-21は(1)において、買付を行った者が、証券会社に支払うべき金利と、証券会社から支払を受けるべき品貸料については、株式の取得価額との間で加減することを定め、(2)において、売付を行った者が、証券会社から受けるべき金利と、証券会社に支払うべき品貸料については、収入金額との間で加減することを定めているのは、証券会社に支払うべき金利と品貸料については、所得税法三七条二項の確定債務の例外とするものであり、証券会社から受けるべき品貸料と金利については、所得税法三六条の権利確定主義(総収入金額に算入すべき金額と規定し、現実に収入がなくてもその権利が確定しておれば総収入金額に含むものとされている)の例外とする趣旨のものである。

右のように前記通達は、所得税法の権利確定主義の例外を定めたものというべく本来無効であるが、かりに有効としても、利子及び品貸料の範囲に限られるもので、委託手数料・管理料・名義書替料・有価証券取引税については、これらを取得価格に算入する旨の通達ではなく、いずれも所得税法三七条一項に定められたとおり確定した年の必要経費に算入されなければならないものである。

以上のとおり原判示には、判決に影響を及ぼすべき法令違反ないし事実の誤認があり、破棄しなければ著しく正義に反する。

第三点 原判決には判決に影響を及ぼすべき法令違反ないしは事実の誤認があり、破棄しなければ著しく正義に反する。

一、原判決は、弁護人の

「第一審判決が判示第二の各事実であげる申告所得税額は、確定申告書を見誤り、確定申告の際に納付すべき金額と取り違えて認定しているもので、この事実誤認は判決に影響することが明らかである」

との控訴趣意に対し

「所得税法二三八条一項の罪の構成要件は「偽りその他不正の行為により、同法一二〇条一項三号に規定する所得税の額につき所得税を免れた者」となっており、同法一二〇条一項三号に規定する所得税の額とは、源泉徴収税額を控除する前の所得税の額のことであって、源泉徴収税額を控除した後の納付すべき税額(納税額)でないことは法文の上からも明らかである。したがって、本件のように確定申告を経ている場合に、罪となる事実として免れた所得税の額を算出するには、納付すべき税額についてその実際額から申告額を差し引くのではなく、源泉徴収税額を控除する前の所得税の額についてその実際額から申告額を差し引く(犯情としてほ脱率を見る場合にも源泉徴収税額を控除する前の所得税の額どうしを対比する。)のが正当である。この点、第一審判決判示第二の各事実で申告された所得税額として挙げられている金額は、いずれも源泉徴収税額を控除した後の申告納税額であって、所論のとおり誤りといわなければならない。しかし、第一審判決は、正規の所得税額についても源泉徴収税額を控除した後の納付すべき所得税額を挙げており、いずれの場合も申告された源泉徴収税額よりも実際の源泉徴収税額の方が多いところから、免れた所得税の額は、源泉徴収税額を控除する前の所得税額についてその実際額から申告額を差し引いた額よりも少なく認定されている(量刑の事情中に述べられているほ脱率についても、九七パーセントとあるのが九一パーセントに訂正され、九九・五パーセントとあるのが九八・四パーセントに訂正される程度のそごが生じるにすぎない。)から、右の誤りは判決に影響しないというべきである。論旨は容れることができない。」

と判示して前記控訴趣意を排斥した。

二、しかしながら右の原判示には、判決に影響を及ぼすべき法令違反ないし重大な事実誤認があり、破棄しなければ著しく正義に反する。

以下その理由を述べる。

1.第一審判決は、判示第二の一ないし三において、被告人が、昭和五九年分ないし昭和六一年分の三年分の申告所得税額の合計が、一〇、〇六五、四九八円であるのに、僅かに二、五一六、〇〇〇円と約四分の一の額を認定しているのであって、このことは納税者たる被告人にとっては、全く心外なことといわねばならない。

そして第一審判決は量刑にあたって、逋脱率のみでなく右の数字をも量刑の資料としたことは当然のことと考えられる。

2.およそ税法違反事件においては、小額の差と雖もこれを忽せにできないことは、法自体が厳格に定めているところである。

寸厘の容赦もなく法律に従った加算税や延滞税を賦課し、徴収する一方、寸厘の過誤納についても本税と法定の還付加算金を返還するところに税法の厳格さが見受けられる。

この点において税法事件における事実誤認が判決に影響を及ぼすか否かの判断の基準は、他の一般刑法犯のそれとは著しく異なるものといわなければならない。

申告納税額を実際の額の四分の一に誤認した第一審判決について、右誤認は判決に影響を及ぼさないとした原判決には、判決に影響を及ぼすべき法令の解釈の誤りないし重大な事実誤認があるものというべく、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと思料する。

第四点 原判決の量刑は不当に重く破棄しなければ著しく正義に反する。

一、原判決は弁護人が第一審判決の量刑が重きに失する理由として

〈1〉重加算税の課税要件(国税通則法六八条)と所得税ほ脱犯の構成要件(所得税法二三八条)とは理論的に重なり合うから、同一の行為について懲罰に相当する重加算税のほかに刑罰を科することは憲法三九条に違反すると解されるところ、最高裁判決はこれを二重処罰に当たらないとしているけれども、少なくともこの点に対する配慮を欠いた量刑は不当というべきであること、〈2〉憲法一四条の法の下の平等の趣旨からすると、一方で、国会議員や大企業等の本件より遙かに多額でかつ悪質な脱税事犯に対し追徴税が課されたのみで起訴猶予や寛大な処分がなされているのに対し、本件の量刑は余りにも均衡を失すること、〈3〉本件で被告人安間の所得の原因となった有価証券の取引は常に損益の確率二分の一という危険の上に成り立っているのであるから、この点も量刑上考慮されるべきであること、〈4〉所得税法違反につき現行税法を適用すると、ほ脱税額は著しく低額となるのであり、税制改革法や消費税法等が施行されている現時点からみると、原判決認定のほ脱税額は、所得、消費、資産等の間に課税の不均衡が存在した当時の税体系の下におけるものであるから、量刑においてはこの点も考慮されなければならないのに、これをしなかった。

との控訴趣意に対し、

「本件は、不動産賃貸料を除外したり、特定資産の買替を仮装して租税特別措置法による課税の特例の適用を受けるなどの方法で所得を過少に申告し、三一〇〇万円余の法人税をほ脱した法人税法違反、及び、株式の継続的取引による所得等を除外して、三期にわたり合計三億四四〇〇万円余の所得税を免れた所得税法違反の各事犯である。このうち法人税法違反は、株の運用資金に当てるため、家賃収入を除外したり、あるいは土地を売却したことによる多額の譲渡益を隠すため知人と通謀のうえ架空の売買契約書を作成して前記課税の特例に当たることを装ったりしたものであり、所得税法違反は、自己の株式取引が課税要件をはるかに超えていることを知りながら、株式の継続的取引による多額の所得の総てと被告人安間名義以外の株の配当金を除外したりするほか、不動産賃貸料や預金の利子所得まで秘匿したりしていたものである。そしてそのほ脱率も法人税法違反では九四%、所得税法違反では実質に見ていずれも九一%(昭和六一年分は九八%、平均して九七%)を超える高率である。こうした犯情に照らすと、被告人らの刑事責任は重大であるといわざれるを得ない。

また、重加算税のほかに刑罰を科することが合憲であることはすでに最高裁判所の判例で確認されているところであり、しかも、第一審判決が、被告人らにおいて本税のほか所論の重加算税等を実質的にすべて納付している事情を配慮したうえで本件の量刑に当たっていることは、その説示するところからも明らかである。このうえは、所論指摘のその余の諸事情や、被告人安間がその後株式の信用取引の決済で五億円もの損失を出していること、その他同被告人の健康状態(高血圧、糖尿病等)等を併せ斟酌したとしても、第一審判決の量刑(被告法人につき罰金八〇〇万円、被告人安間俊三につき懲役二年及び罰金八〇〇〇万円(懲役刑につき四年間執行猶予、労役場留置一日二〇万円。))が不当に重いということはできない。論旨は理由がない。」

として前記控除趣意を排斥した。

二、しかしながら原判決の右の判断は誤っている。

以下その理由を述べる。

1.まず原判決は、税法事件の処理の実状・有価証券取引の実態と特質に関する認識を著しく欠くものである。

税法事件については、刑事訴訟法二四六条の捜査事件送致義務のような規定はない。

従って税務官署において調査し、少なくとも逋脱犯の成立が認められるかぎり、すべての事件が告発され、検察官のもとで公平な篩にかけられるものではない。

又、告発される案件は、告発されないで課税処分だけで済まされる案件よりも、逋脱の規模が大であり悪質であると必ずしも言い切れない。相沢代議士の事案は新聞で報道され衆知となっているが、それ以外にも、より大規模の事案が課税処分だけで済まされている例をまま耳にする。弁護士として職務上知った事実であるため、具体的な氏名を明らかにできないだけである。弁護人は曽って大阪地方検察庁検事在職中、財政経済係を担当し、税法事件の処理に当たったことがあったが、その当時告発要否勘案協議会に上堤される案件は、逋脱事犯の中でも大口悪質のものが選択されたもので、それ以上の大口悪質の事件はないものと信じ、そのような信念のもとに事件処理をしていたが、退官後必ずしもそうでないことを知りその不明を反省している次第である。

2.原判決は、本件のうち法人税法違反の逋脱税額が三、一〇〇万円余で、所得税法違反の逋脱税額は三億四、四〇〇万円であって、その逋脱率は高率であるから刑事責任は重大であるというが、本件逋脱の大半は有価証券の売買による所得に関するものであって、これを除くと通常告発もなく課税処分だけで済まされる程度の事案である。

3.そこで有価証券の売買に関する逋脱について述べる。

有価証券の売買による所得について、当時の所得税法のもとで課税することができるかどうか、有価証券取引税との関連で二重課税とならないかどうか、人気によって上下する株式市場における取引では、一般企業のごとく堅実に連続的な利益を得ることは不可能であって、相場の高騰によって利益を得ることができたと思うと、相場の急落によりこれまでの利得を吐き出し、時には損失の発生を招くのが通常と考えられ、いわゆる浮動所得であることなどを綜合的に考察し、永い間、特殊事件を除いては課税について消極的で慎重な立場がとられて来たことなどについては第一点で述べたとおりである。

4.本件においても被告人が有価証券の取引において除外した所得金額は約五億一、〇〇〇万円とされているが、本件以後の株式の信用取引の決済で五億円もの損失を出していることは原判決も認めているところである。

原判決は、利益と略々同額の損失が発生しても、利益の分だけをとり上げ、これに本税重加算税等を賦課し、さらには厳重な刑罰を科すだけで、損失については被告人の身から出た錆として何ら考慮する必要がないというのだろうか。

弁護人は検事在官中、昭和二七年から職務遂行に必要な経済常識を得たいため、俸給生活で可能な範囲内で、些やかながら株式取引を始めるようになり、現在まで四〇年間近く小規模の取引によって尊い社会勉強を続けさせてもらっており、この間昭和二八年のスターリン死亡時に、五万円で買った株式が七千円に急落したことや、ブラックマンデー・湾岸戦争勃発時などの暴落による苦い経験を持っているが、右のような長年月に及ぶ経験に鑑みると、原判決は株式取引に関する常識を欠いているのではないかと思われる。

被告人も、昭和二五年ころから永年に亘って自己の経験に基づく判断によって株式取引を続けて来た者で利益を得た時は喜び、損をした時は不運とあきらめ、これらの繰り返しによって得られた経済知識をもって明日への希望につなぐ生活を送っているのであって、決して株式取引によって巨額の資産を貯えている者ではない。

従って株価操作やインサイダー取引によって利益を得るようなことは、最も忌み嫌うべきことと考えている。

況して証券業者から損失補填を受けるなど全く考えていないし、このようなことは、被告人として全く考え及ばなかったことである。

証券業者が損失補填を約束すること自体、さらにはこれを実行することは、証券取引法の改正を待つまでもなく、刑法上の背任罪を構成するのではないだろうか、又これを受領することは身分なき者の背任罪の共犯となるのではないだろうか。さらに年金福祉事業団が本来不安定な有価証券の取引による資金運用をして損失を出すこと自体背任行為に該当するのではなかろうか。

弁護人は、知識階級・資産階級の人々が、損金発生の売買報告書を受取りながらその支払をしないで済ませ、補填を受けた認識がなかったと言い逃れをするほど日本人の倫理感覚は堕落してしまったのかと情けなく感じる。

このような点を併せて考察すると最近のわが国における証券業界をはじめとする経済界の主柱が大きく狂ってしまっているものと思われ、その取引は一部の者の利益のために行われ、正直な大衆はその犠牲となっているものと言わざるを得ない。

そうすると、株価操作やインサイダー取引とは全く関係なく、浮動所得である株式取引を続けて来た被告人が、五億円もの損害を受け何ら保障も行なわれていないことは量刑上全く考慮の余地なしとし、被告人の懲役刑によって、宅建業を継続することを不可能ならしめ、その糧道を断つ結果を招来する原判決は、前記のような証券取引の特質と最近の実状を全く無視した偏狭な量刑といわざるを得ない。

そのうえ所得税法の改正前により、本件のような事案が発生する余地は全くなくなったことも刮目されなければならない。

よって原判決の量刑は著しく重く不当であってこれを破棄しなければ著しく正義に反する。

以上の諸事由により原判決を破棄したうえ、適正の御判断を仰ぎたく本件上告に及んだ次第である。

以上

別添一

鑑定所見書

日本大学法学部教授

法学博士 北野弘久

(平成二・二・一一)

最高裁判所平成二年(あ)第十六号・所得税法違反被告事件について、大槻龍馬弁護士の依頼により左のごとく税法学上の所見を申し述べる。

一、憲法三〇条・三一条・八四条違反 本件当時の所得税法(以下単に「所得税法」という)九条一項一一号イは

「継続して有価証券を売買することによる所得として政令で定めるもの」に所得税を課税することとしている。つまり、同号イは非課税原則の例外規定である。この例外規定の規定の仕方がきわめて抽象的・一般的である。今日の複雑な取引会社において何人も「継続して有価証券を売買すること」の具体的判定基準を同規定から抽出することは不可能である。加えて、このような抽象的・一般的な規定が本件に適用され、所得税法二三八条の逋脱犯の実体的構成要件自体を構成しているという点に注意が向けられねばならない。理論的には単に租税法律主義(憲法三〇条・八四条)のみならず、罰刑法定主義(憲法三一条)の観点からも、このような形での命令への委任のあり方が問題となろう。

所得税法九条一項一一号イの規定を受けて、本件当時の所得税法施行令(以下単に「所得税法施行令」という)二六条一項は、「法第九条第一項第一一号イ(非課税所得)に規定する政令で定める所得は、有価証券の売買を行なう者の最近における有価証券の売買の回数、数量又は金額、その売買についての取引の種類及び資金の調達方法、その売買のための施設その他の状況に照らし、営利を目的とした継続的行為と認められる取引から生じた所得とする」と規定し、

さらに所得税法施行令二六条二項は、「前項の場合において、同項に規定する者のその年中における株式又は出資の売買が次の各号に掲げる要件に該当するときは、その他の同項に規定する取引に関する状況がどうであるかを問わす、その者の有価証券の売買による所得は、同項の規定に該当する所得とする。

一 その売買の回数が五〇回以上であること。

二 その売買をした株数又は口数の合計が二〇万以上であること。

と規定している。国民主権を基調とする日本国憲法の租税法律主義及び罪刑法定主義のもとでも、一定の委任命令の存在は肯定されねばならない。しかし法律が命令に委任する場合であっても、議会は当該法律自身において租税構成要件および犯罪構成要件の基本的枠組みを規定していなければならない。所得税法九条一項一一号イは、その種のことがらを全く規定していない。その意味では、同号イは実質的には包括的な命令への委任規定といってもよい。株式の売買回数やその株数がいくばく以上になった場合に課税されるかは、重大かつ基本的な租税構成要件および犯罪構成要件における各構成要件である。以上によって明らかのように、本件被告事件についていえば、所得税法二三八条の犯罪構成要件が法律ではなくあげて政令で規定されているといってもいいすぎではない。

以上により、所得税法九条一項一一号イおよび所得税法施行令二六条二項は、憲法三〇条・三一条・八四条に違反し無効であるといわねばならない。

二、憲法三九条違反 重加算税の課税要件として「課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し」と規定されている(国税通則法六八条)。一方、逋脱犯の犯罪構成要件として「偽りその他不正の行為により、・・・税を免れ・・・」(所得税法二三八条)と規定されている。したがって重加算税の課税要件と逋脱犯の成立要件とは理論的には重なり合う。

昭和二四年のシャウプ勧告は、重加算税制度を提唱するにあたって、つぎのように述べていた。「現在詐欺事件に適用される唯一の罰則は、その適用に起訴を必要とする刑事罰である。詐欺行為は処罰することなく黙過することはできない。そこであらゆる事件に刑事訴追をなす必要から免れるため民事詐欺罪を採用することを勧告する。この罰則のもとでは、納税額の不足が税の逋脱を意図する詐欺によるときは、その不足分のほかに不足分の六〇%相当額が支払われなければならない。この金額は税と同様な方法で徴収され実質的に税の一部となる。」

これによっても知られるように、重加算税が課される場合には、同時に理論的には逋脱犯として刑罰が科せられるべき場合である。シャウプ勧告は、当時の諸状況にかんがみて、刑事訴追を免れせしめる必要性を認めて、その代りに、このような民事制裁制度(加算税制度)を提唱した。勧告は、「行政のパターンが変化するにつれて、・・・制裁の体系も再検討されねばならない」と指摘していた。加算税制度は、本来、申告納税制度を育成するための行政上の便宜措置であり、それはその意味では過度期的な措置であるととらえることができるであろう。

憲法三九条は、「何人も、実行の時に適法であった行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問われない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない」と規定している。最高裁昭和三三年四月三〇日大法廷判決・民集一二巻六号九三八頁も判示するように、法形式論からいえば、重加算税は行政手続により租税の形式で課されるものであって、罰金等の刑罰そのものではない。そのような法形式論からいえば、重加算税と刑罰との併科(課)は必ずしも憲法三九条に違反するとはいえないかもしれない。

しかし、さきに紹介したシャウプ勧告の趣意(過渡期的便宜措置)に鑑みても、実質論的には同一行為にたいする重加算税と刑罰との併科(課)は二重の制裁を科(課)するものであることは否定しえない。その意味では、両者の併科(課)は少なくとも憲法三九条の趣意に反するものであるといわなければならない。

この憲法趣意背反性を回避するために、たとえば、立法論的には法律において軽度の税法違反には刑罰を科さず重加算税のみを課することとし、重度の税法違反には重加算税を課さず刑罰のみを科することとする、などの租税制裁制度を二元的には構成・整備する。そして、法運用論的には重加算税を納付している場合には量刑にあたってはそのことを考慮して寛刑を科すること、が考えられよう。

このようにみてくると、現行法のもとでも量刑にあたって重加算税納付の事実を考慮しないときは、運用違憲を構成することとなろう。

本件の逋脱所得は約一三億二九〇〇万円である。被告人は、本件を深く反省し、さまざまな犠牲を払って、すでに逋脱所得の本税額、重加算税額、延滞税額、住民税額等を納付している。その額は約一四億六〇〇〇万円に達している。これは逋脱所得額よりも約一億三〇〇〇万円も多い金額である。原判決によれば、被告人は、このほか一億六〇〇〇万円もの罰金を納付しなければならず、さらに懲役一年一〇月の実刑に服さなければならない。被告人は、金員だけでも逋脱所得額よりも二億九〇〇〇万円も多い金額を支払わなければならないこととなるわけである。

被告人は、健康上の理由もあり、昭和六二年四月からは歯科医業を廃業している。それにもかかわらず被告人は、妻と三人の子供を扶養しなければならない。

本件の逋脱所得のほとんどが歯科医業にかかるものではなく、株式の譲渡にかかるものである。株式取引は通例、証券会社の担当者等の指導によって行われており、多くの場合、納税申告することを脱漏しがちとなる。その意味では通常の事業所得等にかかる逋脱犯とは罰質が異なり、その犯情は悪質であるとはいえない。被告人には前科がない。被告人は、本件を深く反省して、さまざまな犠牲を払って本件の巨額の重加算税額を含む本税額等を納付するとともに、その後の年分についても誠実に納税申告等をしている。

以上の諸事情を総合勘案すると、原判決の量刑はあまりにも不当であるといわねばならない。

仮りに、前記の被告人をめぐる人的諸事情の点を別としても、重加算税と刑罰との併科(課)の点に限っても、逋脱所得額を二億九〇〇〇万円も上回る金員の納付と懲役一年一〇月の実刑を宣告した原判決は、憲法三九条の前記趣意に鑑みても運用違憲に該当するといわねばならない。巨額の重加算税額を納付している事実を考慮して最小限度、懲役刑については執行猶予が付されるべきであった。

三、憲法一四条違反 株式の譲渡による脱漏所得については、実務においては刑事訴追をされることは少ない。たとえば、元大蔵次官をつとめた相沢英之代議士の事件(読売新聞昭和六三年二月五日)の場合には、修正申告と過少申告加算税の納付だけで終っている。重加算税も課されていない。二億円という巨額の脱漏所得であったが、刑事訴追はされていない。また、刑事訴追をされた場合でも実刑判決はあまり示されない。たとえば、有名な殖産住宅の東郷民安氏の事件(読売新聞夕刊昭和五九年三月一六日)の場合には、懲役二年六月、執行猶予三年、罰金四億円云い渡しが確定した。同事件は罰金、懲役の双方において本件をはるかに上回る。それにもかかわらず、執行猶予が付されている。

これらの先例からも知られるように、原判決の刑の云い渡しは、法執行の平等原則(憲法一四条)に違反する。この点からも、最小限度、懲役刑については執行猶予が付されるべきであった。

一九九〇年二月一一日

右北野弘久

最高裁判所第二小法廷 御中

別添二

鑑定意見書

関西大学法学部教授

村井正

最高裁判所平成二年あ第一六号・所得税法違反被告事件について、大槻龍馬弁護士の依頼により左のごとく税法学上の所見を申し述べる。

一、本件における争点は、所得税法第九条一一号でいう「継続して有価証券を売買することによる所得として政令で定めるもの」とする課税要件が、取引の法的安定性ないしは予測可能性に照らして、一義的に明確といえるか否かという点と右の法案を受けて定められた政令の「(一項)有価証券の売買を行なう者の最近における有価証券の売買の回数、数量又は金額、その売買についての取引の種類及び資金の調達方法、その売買のための施設その他の状況に照らし、営利を目的とした継続的行為と認められる取引から生じた所得」及び「(二項)前項の場合において、同項に規定する者のその年中における株式又は出資の売買が次の各号に掲げる要件に該当するときは、その他の同項に規定する取引に関する状況がどうであるかを問わず、その者の有価証券の売買による所得は、同項の規定に該当する所得とする。一、その売買の回数が五〇回以上であること。二、その売買をした株数又は口数の合計が二〇万以上であること。」とする課税要件の定め方が、委任立法の範囲を越えているか否かの問題である。

いずれも租税法率主義に照らし、許容されるか否かが問われる。

先ず、第一の争点について分析する。法九条は、非課税所得に関する規定であり、有価証券の譲渡所得についても、原則非課税の取り扱いを明らかにしている。このことは重要である。納税義務者は、有価証券の取引から生ずる譲渡益は、非課税であることを前提に取引を行っているのであるから、その例外である課税要件をもしも定めるのであれば、これは法律で定めなければならないのみならず、その課税要件も一義的明確に定められることが憲法上も強く要請されている。例外的な課税要件が不明確であって、どの程度の取引であれば課税されるのかが予め認識することができない様な課税要件の定め方は、憲法の要請する租税法律主義に適合しないと解さざる得ない。法九条は、もっぱら、売買の継続性を課税要件と定めるのみで、取引の当事者からすれば、どの様な要素があれば、継続的売買と認定されるのか、まったく予測ができないから、取引の予測可能性を担保する租税法律主義に著しく反することになる。

しかも右の政令で定める課税要件は、法律で定めることを阻むほどの内容のものではない。政令で定めた要件を法律で課税要件化することを阻止するだけの合理的理由はない。「売買の継続性」の如き不確定法概念でもって実体的課税要件を定めることは、税務行政庁に余りにも広い裁量領域を残すこととなり、認定のバラツキを許してしまうこととなり、租税法の性格上、許容できない。政令で定める一項と二項の関連が必ずしも明らかでないが、少なくとも法律で定める不確定法概念に比べれば、明確であることは確かである。したがって、租税法律主義に照らせば、有価証券の売買に関する課税要件については、法律にみられる不確定法概念でなく、政令で定める課税要件を要件化すべきであったと思われる。因みに、本件所得税法及び同施行令の規定は、昭和六三年改正法により、委任立法を廃して、原則課税、例外非課税に改め法律レベルでのみ定める方式に切り替えたことは、本件当時の課税要件の定め方の問題性を如実に示しているものといえよう。

二、この点で、直接、有価証券の売却益の課税要件に関するものではないが、以下の租税判例が参考となろう。

〈1〉大阪地裁七民、昭四一・五・三〇- 行集一七巻五号五九一頁は、使用人に支給された賞与は法人の所得計算上は損金に算入されることが当然だから、政令の規定でその損金性を否定することは「新たな租税を設けるのと同一の結果を招来する」こととなり、元来、法律規定によるべきものを政令で定めた違法がある、との見解を示している。また〈2〉大阪高裁三民昭四三・六・二八- 行集一九巻六号一一三〇頁は、「法律が命令に委任する場合は、法律自体から委任の目的、内容、程度などが明らかにされていることが必要であり、損金、益金の算入、不算入という課税要件について、法律で概括的、白地的に命令に委任することは許されない」という前提に立って、「政令で法律と同様な前記課税要件を広範囲にわたって規定することまでも委任したものではないし、まして、命令で本来損金の性質を有し、これまで損金として取り扱われることに論理上も実務上もなんら怪しまれることがなかったものを益金とするようなことは到底できないことは当然である」と述べ、かつ、「憲法七三条六号、内閣法一一条によると、政令は法律の委任に基づかないでは、国民の権利義務に関する規定を設けることはできないが、右旧規則(旧法人税法施行規則)第一節の二、したがって規則一〇条の三第六項四号の規定は、国民の権利義務に多大の影響を及ぼすものであることはこの規定の趣旨から明白であるし、旧法九条一項にはその解釈規定を設けることを命令に委任することの文言はない」としまた、「命令では確認的規定を設けることはできても、創設的な規定は設けられない」との見解を示している。

更に、〈3〉東京高裁一六民、昭四六・九・七判決によれば、現行法人税法三五条のように「法律をもってこれを損金に算入しない旨を定めれば、この支給額が損金に算入されないことに問題はないが」、旧施行規則一〇条の三第六項三号、一〇条の四で損金に算入しないと定め、「実質的に法律の規定と異なる結果を招来する定めをするのは租税法律主義の原則に照らし許されないと解するのが担当である。けだし、租税法律主義の原則ににかんがみると、法律はその規定自体から委任の目的、内容、程度等が明らかにされている場合にかぎり命令に委任することが許されると解すべきであって、旧法人税法九条八項のように損金の算入・不算入という法人所得計算の基本に関する事項を法律で抽象的、白紙委任的に命令に委任するのは、委任の限度を著しく免脱する」という見解が示されている。

本件の法律で定めた「売買の継続」という課税要件が、白紙委任といえるかどうかについては、微妙であるが、「抽象的」な委任てあることについては異論はなかろう。しかも重要なことは、租税判例は、手続に関する委任については異論はなかろう。しかも重要なことは、租税判例は、手続に関する委任については、積極であるのに対して、本件の課税要件の様な「実体的規範」については、消極論が有力である。国民の権利義務に関する規定についても、できる限り委任立法は望ましくないとするのも同様の理由に基づくものであろう。

法的安定性及び予測可能性を担保するためには、一義的明確な課税要件を法律で定めることが、租税法律主義の要請するところであるが、犯罪構成要件の関連で観察すれば、法律レベルでの要件化は、一層厳格なものが要請されて当然である。その意味で、法九条の要件は、租税法律主義からみても、罰刑法定主義からみても、不明確であり、憲法の要請に反するものである。

平成二年五月八日

右村井正

最高裁判所第二小法廷 御中

別添三

平成二年(あ)第一六号

判決

本籍 佐賀県唐津市大石町二四五五番地

住居 福岡市南区寺塚二丁目二六番一号

会社役員

久保田康三

昭和一二年八月四日生

右の者に対する所得税法違被告事件について、平成元年一一月一三日福岡高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護〈大槻龍馬、同北島博志の上告趣意第一点は、憲法三一条・三〇条・八四条違反をいうが、昭和六三年法律第一〇九号による改正前の所得税法九条一項一一号イの規定は、継続して有価証券を売買することによる所得が課税の対象となることを法律自体において明示した上で、その課税の対象となる所得の範囲を具体的に定めることを政令に委任したものであって、このような法律の定めが右憲法の各条項に違反するものでないことは、当裁判所の判例(昭和二八年(オ)第六一六号同三〇年三月二三日大法廷判決・民集九巻三号三三六頁、昭和五五年(行ツ)第一五号同六〇年三月二七日大法廷判決・民集三九巻二号二四七頁、昭和二七年(あ)第四五三三号同三三年七月九日大法廷判決・刑集一二巻一一号二四〇七頁)の趣旨に徴して明らかであるから、所論は理由がなく(最高裁昭和五五年(あ)一四九一号同五九年三月一六日第三小法廷判決・裁判集刑事二三六号一七九頁参照)、同第二点は、単なる法令違反、事実誤認の主張であり、同第三点は、違憲をいう点を含め、その実質は量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由は当たらない。

よって、同法四〇八条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

平成三年七月一九日

最高裁判所第二小法廷

裁判長裁判官 中島敏次郎

裁判官 藤島昭

裁判官 木崎良平

裁判官 大西勝也

別添四

査察三-六

平成元年二月二三日

福岡県弁護士会

会長 徳永賢一殿

国税庁調査査察部長

八木橋惇夫

平成元年二月一五日付福岡県弁照第一一八一号で照会があった事項については、別紙のとおり回答します。

(回答)

1.照会事項一について

(回答) 告発したことがある。

2.照会事項二について

(回答) 昭和五九年度から昭和六二年度の各年度において、五〇回かつ二〇万株以上(現行三〇回かつ一二万株以上)株式売買に係るもの及び一銘柄二〇万株以上(現行一二万株以上)の株式売買に係るものの告発件数は次のとおりである。

〈省略〉

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